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あの大きな花火は何色……?

きっと9色の虹色。JUMPが好きで仕方ないが私は悪くない。全てJUMPのせいだ。

伊野尾くんに作詞してほしい、という話。~二宮くん添え~

最近急に伊野尾くんの涙に触れることが増えた。

彼はいつもテキトーを貫き、楽しいことを考える人だ。ちょっと変な人だ。テキトーで楽しく、見てるこっちまで楽になり、悩んでいることを馬鹿らしくしてくれる。彼の素敵な魅力の1つだ。
でもたまに聞くメンバーからの暴露エピソードには、彼がテキトーではない事がよく表れている。メジャーなのが、昔JUMPの話し合い後、その話し合いの機会を作った山田さんの部屋に出向いて感謝を述べたというあの話だ。
彼には芯がある。1本の太い芯がある。でもそれを目にする機会はない。彼がそれを出そうとしないからだ。Myojoの1万字インタビューでもそうだった。頑なに苦労話を避ける彼。
でも彼は言った。
感動とか、そんなことより、ファンには笑っててほしい。
苦労した話よりも、楽しかった話や面白い話がしたい。そのほうが自分も楽しいし、読んでる人も楽しい。
これもまたテキトーである彼のテキトーではない芯の部分。なんとなくだが、ぼやっと形だけでも目にすることが出来た気がした。


なんとなく見える。彼がテキトーである理由。ただ楽しみたい、多分きっとそれだけじゃない。彼は賢い。賢いからきっとこの生き方にたどり着いたんだろう。彼は温かい。彼はとても周りを見ている。彼は感受性が強い。約9年間JUMPを応援してきて、そう感じる瞬間が少なからずあった。
メディアで彼を単独で見かけることの多くなった昨今。一度、真正面から彼の信念に触れたい。テキトーではない芯の部分にもっと触れてみたい。


そこで、だ。本題に戻る。
私は彼に、伊野尾慧という男に、作詞して欲しいのである。そしてそれを、JUMPの歌声ではなく、伊野尾慧の歌声で聴いてみたい。

また話はズレるが、私は嵐の二宮和也が好きだ。正確には、二宮くんの作る歌詞が、歌が、好きだ。二宮くんもまた、ファンからひねくれていると言われているらしく、俗に言う”ちょっと変わった人”だ。普段の発言はいつも物事を斜めから見ている。真面目な話が好きではない、感情を素直に表さず、ごまかしやすい。そう、ひねくれている。
でも彼の作った歌詞は、歌は、その反対だった。初めて聴いたのは『虹』だった。私の耳に入ってくるひとつひとつの振動は、 本当にテレビで見ているあの二宮和也なのかと耳を疑うほど真逆だった。
                               ” 綺麗。”
これが、私が初めて二宮くんの曲を聴いた感想だった。目に見えないはずの音を綺麗だと判断できるのか、と思うかもしれないが、確かに驚くほど綺麗だった。ひとつひとつの言葉の選び方が、綺麗だった。なにもひねっていない、その真っ直ぐな言葉の連続が、ただただ綺麗だった。彼の作る歌に惹かれた私は、彼が作詞した曲を片っ端から探して聴いた。
どれも全て綺麗だった。時に明るく、時に切ない曲もあった。でも、どの歌詞から伝わってくるのは、彼は痛みを知っているだろうということ。そして痛みを抱える人の気持ちを知っている。知っているからこそ、言葉が温かく、優しく、綺麗なんだろう。私は嵐担ではないので、二宮くんのことにあまり詳しくない。本当のところは本人にしか分からないけれども、私は彼の歌詞に触れてそう感じた。テレビで見る彼からはそんな心を持っていることを読み取ることは出来ない。でも彼は歌詞の中でそう語っている。その言葉を連ねている。つまり、彼のどこかには、確かにその心が存在している。美しい。そう思った。彼の芯を見れる貴重な場所。
 

話はズレたが、これで、私が伊野尾くんに作詞してもらいたいと言った理由が分かってもらえたんじゃないだろうか。始めに言ったように、伊野尾くんは感受性が強い。そして温かい。
彼の作る詞もまた、きっと 綺麗 だ。
そう感じる。根拠の無い自信さえある。だから知りたいのだ。触れたいのだ。彼のどこかにある心に。芯に。


いつか彼の言葉を聴く日が来るといい。
その時には、彼がテキトーにならないように願うばかりだが。